ジェレミー・ベンサムは、ボクたち「動物も苦しむ」と言ってくれたんだ。

アリストテレスも、デカルト

人間の事しか考えないやつだったけれど (多分)

18世紀末に現れた哲学者のジェレミー・ベンサムさんは、彼らとは違ったんだ。
ベンサムさんは

最大多数の最大幸福が社会の「善」

こう言ったんだ。

それは【功利主義的】っていうものらしい。

 

功利主義的(動物観)帰結主義」:何かをして、その行為を「良い」「悪い」と評価するとき、その行為の結果を重視すること。

「幸福主義」:この帰結と結果の中で幸福を重視すること。

「最大多数の最大幸福」:全体の幸福を考える事。

「公平性」:一人を、一人以上には数えない。

でも功利主義っていうと、「自己中な考え方」が強く、自分の利益だけを追求することをよし!とする学説で、誤解されやすいらしいんだ。

 

けれど本当は

「みんなの幸福を重視し、自分自身さえも特別扱いしない」っていうことなんだけどね。

 

幸福とは、精神的・肉体的な痛みや苦しみのない状態。

 

動物だって痛みや苦しみを感じることができるのだから
正しくあろうとするならば
動物が、痛みや苦しみを受けないようにしなければならない。

 

動物たちが
痛みや苦しみを受けないように、
法律で守られなければならない。

 

と、言ってくれたんだ。

ばんざーーーーーぃ!!

 

ベンサムさんはね。動物だけでなく

皮膚の色が黒いからといって、人間を理由もなく苦しめ
何の償いもしないでよいということにはならない。足の数がどうだとか、皮膚の色や毛深さがどうだとか、尾があるとか ないとかそういうことで、感覚のある生き物を苦しめてよいということにはならない。

ヒトと動物との間に越えられない一線をひくことができるのか?
ヒトには理性がある。ということだろうか?

それとも、話ができる。ということなのだろうか。

 

成長したウマや犬は、生まれて一週間、1ヶ月の(ヒトの)赤ちゃんよりも
比較にはならないほどの「理性」があり、会話ができる動物なのに?

いや。そうでないとしても、それは問題にならない。

問題は、「理性を働かせることができるか?」「話をすることができるか?」
そういうことではなく

「苦しむことができるかどうか」ということである。

生きとし生けるモノすべてのものが、慈愛を持って扱われるときが必ず来るだろう。

 

 

ベンサムさん。
かっこぃいいいーーー!!

 

 

現代の西洋のヒトたちの「動物観」は、このベンサムさんの考え方になってきているけれど

それでもまだ、

アリストテレスや、デカルトの頃の
伝統的な人間優位の動物観がどこかに残っているから
無意識に言動となって現れることがあるらしいんだ・・・。

 

宇宙-sora-
宇宙-sora-

西洋に限らず、日本でもそういうヒト、いるけどね。

人間が一番エライって。

 

 

参考文献:愛玩動物飼養管理士テキスト2級-1
(個人的感想がかなり含まれてます)

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