利益と、動物愛護の間の葛藤 

イギリスに始まった近代の「動物愛護」の運動のきっかけは、あまりにもひどい動物の虐待を防ぎ保護しようという上流階級の憐みの情からだったんだ。

 

 

宇宙-sora-
宇宙-sora-

そんなことしたら動物が可哀想でしょーーーっ!!

同情の気持ちが、動物愛護運動の基本的な考え方になってるらしい。

この想いは現代の動物愛護運動にも受け継がれているけれど、ただ、現代の動物虐待の形って19世紀のイギリスとかのような単純なものじゃなくて

 

実験動物は

その実験によって医学が進歩して、ヒトの命が救われる。

日常生活で使うイロイロな製品から受けるだろう有害なモノを少なくすることで、多くの人がその恩恵を受ける。

集約畜産は

生産性があがればコストは安くなって、消費者は安く「おにく」を買うことができる。

そうすれば畜産業者だって需要が増えて利益も増える。

頭では解っていても動物愛護とヒトの利益が相反して、葛藤が生まれちゃうんだ。

 

動物が、かわいそうでしょ!
動物に優しくしよう!

 

その感情に訴えるだけの方法だけだと、「ちょっと!ヒトの利益とどっちが大事なの?!」

そんな価値評価の問題になってしまって動物愛護運動は、たかい、たかい壁にぶつかってしまった。

 

だから捨て犬や捨て猫を保護して、新しい飼い主を探すだけ。って、今はものすごく限定された運動しかできなくなっちゃった。

 

 

参考文献:愛玩動物飼養管理士テキスト2級-1

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