学校で「動物を育てる」ということ
お家で動物と一緒に暮らすことは、子供の成長にも良いんだよ!
教育における「動物」の役割、
特に幼い子供に対する「動物」の役割は、とても大切なもの。
と言っても。
実際には両親の共働きや、アレルギー、動物禁止のアパートに住んでいるなど、
一緒に暮らしたくても
一緒に暮らすことができないもんっ!
そんな場合もあるよね。
だから、そういうときのために
学校での「動物飼育」というのがあるんだ。
「いのち」に対する感受性をなくさせないために
でも、
動物を育てるというのはものすごーく手のかかることだから、
獣医師さんの指導や教職員の努力が必要になる。
動物の幸せを守ることがどれだけ大事なことか。
それを子供に理解させるということは、
子供たちの生命に対する「感受性」を保ち続けていくこと。
さらに、
動物や人間に対する優しい気持ちを、相手を思いやる気持ちを育てることになる。
大人の動物への扱いを見て、子供はいろんな事を学ぶんだ。
親や、一番身近な大人の「教師」が動物に対して乱暴だったり無関心であれば、
それを見ていた子供たちはそこから「間違ったこと」を学ぶ。
動物を助けようとした子供に対して大人が
「汚い」だとか
「家が汚れる」だとか
「飼う場所がない」だとか。
親がかたっぱしから否定すれば、
子供は動物の「生命」への関心が次第に薄れていき、
やがて「動物を助けることは、いけないこと」
と思うようになってしまう。
学校でも先生が、
動物を飼育していくうえで起きる「問題」を見て見ぬフリをすれば、
それを見ていた子供たちは「動物を育てるのは面倒なこと」と思ってしまう。
そんなことが起こらないように、
大人は常日頃から、動物に対する意識と行動に気を付けなければならないけれど・・・
動物嫌いの人がいるのも事実。
こればかりは仕方ない。
でも、人間同士が理解しあえる社会をつくるためには、
子供のころから「生命」に対する感受性をなくさないようにさせることが大切。
だという事は覚えておいてほしい。
動物に対して心から向き合えるようになるために
手に持った「ハムスター」の温かさ。
指先に伝わってくる「うさぎ」のやわらかさ。
それを体で感じることができた子供たちにとって「動物」や「自然」は現実として存在するモノ。
「自然保護」という言葉を認識し始める小学生高学年よりも前に、
「動物」に触れることが出来た子供たちはより深く、具体的に
「自分がどんな風に自然と接するべきなのか?」
と考えることができるんだ。
彼らの境遇を改善するためのルール作りは、もしかしたら誰にでもできる事なのかもしれない。
でもその現場に誰一人、「動物」に対して優しい気持ちを持っている人がいなかったら、
心から対応できる人がいなかったら、何も改善されない。
「産業動物」や「実験動物」たちの境遇を改善するために。
動物に対して心から対応できる人を育てるためには、子供のころから「命」というものを実感することが大切なことなんだ。
いろんな面でも世の中に、大きな変化が起きると信じている。
理想な「命」の教育。
それはやっぱり動物たちへの「正しい接し方」「育て方」「触れあうことを体験させること」だとボクは思う。
どんなときも「適切」に
引っ込み思案な子
言語発達が遅い子
さまざまな問題を持った子供たちに、ボクたち動物をあわせること。
ボクたちが、子供たちの教育の中に入っていくという役割の中で、
特殊なニーズを持った子供たちに対して成果をあげている現場もいっぱいある。
でもだからといって、
何も考えずにボクたちがそこへ行っては、問題や事故を起こすことがあるから、
環境や周囲の安全を守ることは大事なこと
もし、ちょっとしたきっかけで動物たちが興奮して暴れちゃったりして
それを抑えようとした大人が動物に対して「叩く」「怒鳴る」・・・
なんてことになったりしたら、子供はそれを見て真似をしてしまったり
「自分たちも同じように扱われる」と思ってしまったり。
教育のために。と「動物」を活用するのであれば
その福祉は絶対に守らなければならないこと。
子供たちは大人よりも感受性が豊かだからこそ、
子供たちは、大人の動物の扱い方を見て自分を重ね合わせて見ていることがある。
動物が虐待を受けている環境では「僕たちも暴力を受けるだ・・・」
そんなふうに、無意識のうちに感じている子供は
決して少なくないと思う。
動物は命の尊重、慈愛の心を教えるための存在であるとともに、
まわりにいる大人たちが動物を大切にしているということは、傍で育つ子供たちも大切にする。
ということに他ならない。
それが教育の中で動物が果たす最も大事な役割なんだ。
(参考文献:愛玩動物飼養管理士テキスト2級-1)