ボクは
生まれてから今日まで
木登りをした記憶がほとんど、ない。
ボクにはできないことがある
木登りが出来ないボク
お外へ遊びに出るたび、何度か挑戦してみたけれど・・・どうもうまく登れない。
ボクがまだ小さかった頃。
木の上が気になってジーっと見上げていると、
おかーちゃんがボクを抱っこして、木の上にあげてくれたけれど
木から降りようと下を見たら何だか怖くて、
一人じゃ降りられなくて、う~・・・ってしていたら、
おかーちゃんが手を伸ばして降ろしてくれようとしたので
ボクは、おかーちゃんの頭から肩へ、それから背中を踏み台にして下りていた。
ボクが大きくなってからも
おかーちゃんは何度かボクを木の上に登らせてくれようとしたけれど
ボクは遠慮した。
ボクはやっぱり木登りができなかったけれど
猫として、なんとなく恥ずかしかったし
そもそも、降りる時が怖かったからだ。
木登りが出来ない理由
ボクがこの家に来たばかりの頃、
寝る前にベランダから屋根の上に出て、夜風を愉しむのがボクの日課だった。
まだ小さかったボクは、屋根の上から地面へ降りて脱走できるわけがなかったけれど
おかーちゃんは心配して、ボクの首輪に荷造り用の白い紐を付けて、お部屋の中で待っていた。
その紐が「くんっ!」と引っ張られると、お部屋に戻る合図だった。
紐の長さは、毎日少しずつ長くなっていった。
最初は、屋根の真ん中までしか行けない長さだったけれど
気が付けばボクは、屋根の端っこまで行けるようになっていた。
夏の終わり。
まだ少し暑かった夜に吹いていた風は、どこか心地よかった。
お家の横にあった空き地の草むらの中からは、虫の鳴き声が聞こえていた。
と!ボクの目の前を虫が横切り、
ボクは思わず、両方の前の手を伸ばし捕まえようとした。
その瞬間。
「・・・えっ」
ボクの前足は屋根を踏まず、そのまま体が前へ傾いた。
何が起きたのか、ボクは解らなかった。
けれど、
「んっぐ!」
ボクの首についていた首輪にひっぱられ、
宙ぶらりんになって、一瞬、息が出来なかった。
でも、ボクの小さな頭はすぐに首輪からスポっ!と抜けて
ボクはそのまま下へと落ちてしまった。
「ぁいててて」
ボクはどこかに、腰を打ち付けてしまった。
「そらっ?!」
慌ただしく引っ張り上げられていく首輪に、
ボクの姿がないことに気づいた おかーちゃん の叫ぶ声が、屋根の上から聞こえた。
「やばいっ、宇宙が落ちた!!」
家の中で、おかーちゃんの叫ぶ声が聞こえたかと思うと、
玄関のドアが慌ただしく開く音が聞こえた。
「宇宙っ、どこ?!」
少しくらい夜のお庭はちっぴり怖かったけれど、
おかーちゃんがすぐにお庭に迎えに出てくれたので、
ボクは、おかーちゃんの声がするほうへ向かって走った。
「ぉかーちゃぁん、びっくりしたー」
「大丈夫?どこかケガしてない?」
おかーちゃんは、まだ小さかったボクをひっくり返し、
どこからも血が出てないのを確認すると、ホッとしていた。
「ごめんねぇ、おかーちゃんが油断していたー」
おかーちゃんは、ボクをぎゅぅっとしながら謝っていた。
落ちた時に痛めた腰も、すぐに治まっていた。
次の夜も、ボクはベランダの上に居たけれど
紐の長さは短くなって、
ボクは屋根の真ん中で夜風を愉しんでいた。
ボクが大きくなってからも
ベランダから屋根の上に出る夜が続いたけれど、
いつの頃からか、ボクの首輪には紐がつけられることがなく
ボクは自由に屋根の上を歩き回り
虫さんを捕まえて遊ぶことが多くなった。
捕まえた虫さんは、おかーちゃんへプレゼントした。
おかーちゃんはあまり嬉しそうじゃなかったけれど、
いつも「ありがとー」って言ってくれるから
ボクは嬉しくなって、何度も捕まえた。
でもあの夜以来、
屋根から落ちた時のことを思い出すと怖くなって
ボクは屋根の上から落ちないように
あまり端っこまで行かないようにしていた。
思えば
あの頃からボクは腰にあまり力が入らず、
木登りが出来なくなったのかもしれない。
・・・と、おかーちゃんは思っている。