猫ものがたり|宇宙-sora-が生きた日々の記憶⑧「初めてのどうぶつ病院」

ボクの生きてきた日々

 初めての「どうぶつ病院」

「本当の家族になった」日から数日後、ボクはまた車に乗って知らないところに連れて行かれた。
でもそこへは、あの日以来、それっきり行っていない。

なぜなら、ボクが家族になったこの家には、「蘭丸」くんという名前の猫がいる頃からお世話になっている「どうぶつ病院」があって、ボクがあの日行った「どうぶつ病院」は、おかーちゃんが何度も『かかりつけの病院があるから結構です』と断っても、ボクがいたペットショップが『提携しているので、健康診断を1回だけ無料で受けることができるから、必ず連れて行くように』と、勧めてくるので、仕方なく行っただけだった。

一度しか行ったことのないそこは、今後ボクがお世話になる「どうぶつ病院」より少し大きなところだった、ということだけ覚えている。

診察室で

受付で『健康診断を無料で受けれるからと連れて行け、と言われたので連れてきました』と説明した後、少しだけ待合室で待たされて、ボクたちは診察室に通された。
初めて入るところに、ボクもおかーちゃんも、キョロキョロと見まわしていたけれど、はっきり言ってその景色はよく覚えていない。
ほどなくして獣医が入ってきた。
おかーちゃんが思わず『え・・・こいつがここの院長?!』と心の中で驚くほど、部屋に入ってきたその獣医は、なんとも頼りなさそうな男だった。
それからすぐにその獣医は、その男はボクの体を掴み上げると、あちこち触りまくり、ひっくり返していた。
そして耳の中を見たあと、
「あ、耳の奥がだいぶ汚れていますね。素人がやると傷つけてしまうこともありますので、ボクが掃除してもいいですか?」
と聞いてきたので、おかーちゃんが「お願いします」と答えると、ぐりぐりっ。と綿棒でボクの耳の中を掃除し始めた。
「ほら、こんなに汚れていましたよ」
その獣医は、汚れが付いて真っ黒になったガーゼを見せて嬉しそうにしていた。
次に、「念のため、回虫の検査もしましょうか?」と、割りばしくらいの太さの棒を手にした。
『ねぇっ、それ、どう見てもさすがに入らにゃぃでしょっ!』と思ったけれど、ツマヨウジくらいのボクのおケツの穴にぐりぐりっと、むりやり突っ込もうとした。
「いたーぁあい、やめてぇえ」
これまで鳴かずに頑張ったボクだけど、さすがにこれには、思わず悲鳴をあげてしまった。
その声に、おかーちゃんが『こいつ、何すんねんっ?!』って表情で眉間にしわを寄せて睨んだので、獣医は慌てて棒をひっこめ、
「まぁ、このくらい小さな子は、滅多に回虫もいませんので」
ハハハと笑った。
『だったら、最初っからやるなよぅ』と思っていると、診察室のドアが開き、少しキリリとした表情の少し怖そうな男が注射器を片手に入ってきた。
どうやらこの男が、この病院の院長らしい。
普段は「犬専門」の獣医で、別室で犬の診察をしているのだけれど、ワクチン接種の時だけは「猫」も診るのだとか。
つまり、今までボクを診察していたこの頼りない男は「雇われていた」獣医で、ワクチンの接種ができないらしい。
でも今日は、「無料だというから健康診断を受けに来た」と受付にもそう伝えておいたはずで、ワクチン接種は頼んでいない。
『・・・どうなってんだ、この病院は』
おかーちゃんはちょっと呆れていた。

っていうか、ワクチン接種ができない(らしい)獣医って・・・なんなんだ?
「それにしても、本当にこの仔、かわいいですよねぇ。女の子ですかぁ?」
と、この変な獣医が、鼻の下を伸ばす口調で唐突に聞いてきた。

『ぇえええ~っ』
これまでの診察で、ボクの何を見てきたのだ?
おケツに棒を突っ込むとき、見えなかったのか?
まだちょっと小さいけれど、ボクのあれ。

おかーちゃんが少しイラつき気味に「男の子ですけど」と答えると、
「えっ?!この仔、男の子なんですか?!顔が可愛いからてっきり女の子だと、ずっと思っていました!」
本気で驚いていたこの獣医に、
『お前かっ?!性別誤表示の犯人はっ!』
声には出さなかったけれど、おかーちゃんは心の中で毒づいていた。

そもそもなぜあの時、ボクは「女の子」と表示されていたのだろう?
すでにボクはこの家に来ていたので、その後、お店がボクの体を確認することはもぅできない。
ところが、ボクがこのお家に来てから1週間くらいになる頃、お店はブリーダーから届いた「血統書」を見て、ボクが男の子だということに初めて気づいた。
ということは、ボクがあのお店に行く前から、ブリーダーはボクが「男の子」だということを知っていた、ということだ。
そして、おかーちゃんたちに会う前にボクはすでに一度「ワクチン」を受けている。
ボクはよく覚えていないけれど、この病院があのお店の提携病院ということなのだから、最初のワクチンもこの病院の獣医によって接種したことになる。

ただ、目の前にいるこの獣医は「ワクチン接種」ができないらしいので、さっきの院長が打ったのか・・・?
だとしたら、ボクを「女の子」と言ったのは、あの院長なのか?
疑問が少し残るけれど、ボクが「女の子」と間違われてしまったことに、この病院は関係があるらしい。

ボクの体を撫でまわすだけ撫でまわし、「耳掃除」と「回虫検査」を(しようと)しただけで、あの日のボクの健康診断は終わった。

お会計

ペットショップが言うには「無料で受けれる」ということだったので、健康診断が終わった時点でそのまま帰っても良いはずだったのだけれど、なぜかボクたちは待合室で待たされることになった。
診察室から待合室に戻ると、奥の隅のほうに人の気配を感じたので視線を向けてみたけれど、慌ててすぐにその視線を他に移した。
「こ・・・こわいかも」
そこには、ペキニーズという種類の犬を抱っこした、「いかにも」な雰囲気の夫婦が座っていたのだ。
なんとなく、その夫婦の視線を感じつつも、おかーちゃんは声をかけられないように、夫婦から離れた椅子にそっと腰を下ろした。
ほんの短い時間だったけれど、なんとなく長く感じる時間だった。
その夫婦よりも先に受付に名前を呼ばれると
「では、耳掃除が500円、回虫検査700円でお会計が1,200円になります」
と言われ、おかーちゃんがとうとうプツンっ。と切れた。
「はぁっ?!無料じゃないんですかっ!?うちにはすでにかかりつけの病院があるって言っているのに、無料だからとにかく必ずこの病院まで健康診断に連れて行け。とペットショップの人が言うから仕方なく連れてきただけなんですけど?!」
その声に、先ほどの獣医が慌てて飛び出してきた。そして
「ボク、耳の中が汚れているから掃除してもいいですか?って、ちゃんと聞きましたよね?」
と言うので、おかーちゃんは
「あなたが掃除してもいいか?って聞いてきたから、健康診断のひとつと思ってお願いしますとは言ったけれど、お金がかかるなら断ってましたよっ!」
「回虫検査も、やる前に「やってもいいか?」聞きましたよね?」
しどろもどろに獣医が確認してくる。
『太い棒を突っ込もうとしたけれど、結局ボクの小さなおケツの穴には入らず、検査してない気がするけど』
ボクがそう思っていると
「それも健康診断のひとつじゃないんですかっ?!」
おかーちゃんは、あの一言がなければ、もしくは言われた料金を素直に払っていただろう。
が、しかし。
おかーちゃんのイラ立ちはすでにピークに達していたのだ。

「そもそも!私は女の子が欲しくて、この子が「女の子」って表示されていたから連れて帰ってきたのに男の子だっていうし!それを『顔が可愛いからずっと女の子だと思っていた』って、なんですか、それっ?!獣医のくせにオスとメスの区別もつかんのかっ?!ちゃんと確認しろやっ!」
その騒ぎに、
「おねぇちゃぁん、猫、女の子が欲しかったんかぁ?」
後ろに座っていた「いかにも」な夫婦の旦那のほうが声をかけてきた。
「なんで女の子がいいんだぁ?男の子でも、そんなに変わらんだろ?」
「これまでの経験で、男の子は去勢してもマーキングしちゃうことがあるので。あのニオイ、強烈なんですよね」
おかーちゃんの返事に
「あ、そういう理由なら、ここの院長もオスの猫を飼ってますが、去勢をした後はマーキングしないそうですよ」
あの獣医が横から口をはさんできたので、おかーちゃんは『黙れ!』と言わんばかりに『キッ!』と睨みつけた。
「ところでその子、どこで買ったん?」
その問いに、おかーちゃんはお店の名前を伝えると
「あー、あそこかぁ。あそこは、ほんと、いつもいい加減だからなぁ」
という返事が返ってきた。
「ちなみに、その子はどこの出身ってなってた?」
「東京です」
「あーそれも嘘だな。あそこ、東京とは取引がないはずだ。あそこの店長、俺よく知ってるから、あとで文句言っておくわー」
「・・・」
おかーちゃんが絶句していると、この騒動に院長まで出てきた。
事の次第を受付に確認すると、
「またあの店か・・・」
やれやれ、といった感じで小声でぽそり呟いていた。それから
「店のほうに請求しますので、今回のお会計は結構です」とのことだった。

思えば
この病院も、ちょと災難だったよね。
おかーちゃんにお会計をゴネられるし、ワクチン1回分、無駄にしちゃったし。

あと、人を見た目で判断しちゃぁ、いけないね。
おかーちゃんは「いかにも」な雰囲気のあの夫婦を怖がっていたけれど、実は、キレたおかーちゃんが一番怖かった・・・。

あれ以来、ボクはおかーちゃんを怒らせないようにしようと心の中に誓ったのだった。

その数か月後。

ボクは2度目のワクチンを接種するために、かかりつけの獣医さんのところへ連れていかれた。
おかーちゃんはその獣医さんに、健康診断に行った病院のことを話した。
するとこの獣医さんは「まぁ犬と違って、猫の場合は性別が分かりにくいですからね」と苦笑していた。

あの時、ボクはただあの獣医に撫でくり回されただけで、ワクチンを打たれそうになった。
でもここでは「何かあるといけないから」と、接種前に血液検査をした結果、ボクは「腎不全の疑いあり」と診断された。
どうやら生まれつき、ボクは腎臓の数値が高めらしいのだ。
ボクはこれから、定期的な『血液検査』が必要になった。
今後、数値がさらに上がるようなら、食事療法も必要になるのだとか。

えっと・・・ぉ。

 

 

あの日の健康診断って、なんだったんだ?!

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