猫ものがたり|宇宙-sora-が生きた日々の記憶⑥「ボクの名前は宇宙-sora-」になった

ボクの生きてきた日々

 ボク、宇宙-sora-

ボクがこの家に来てから1週間が経とうとしていた。
ボクのお尻の下にある小さなサクランボは、日増しに大きくなっていった(らしい)。
この時まだ、ばーちゃんはボクが女の子だと信じていたけど、おかーちゃんはお店から渡された「女の子」と書かれた書類を眺めつつも、ボクのお尻の下を見るたびに「これって、やっぱり男の子のアレだよねぇ」と疑っていた。

んー・・・困ったな。

『なっちゃん』が教えてくれたこと

おかーちゃんはボクがこの家に来た次の日には、「お仕事」というものに出かけなきゃならなくて、朝から夕方まで家にいない時間が多かった。
ばーちゃんはお仕事に行かず家にいたけれど、時々、「買い物」だとか「卓球」だとか「(大正)琴」だとか言って、やっぱりお出かけすることがあった。
じーちゃんは、ばーちゃんが「買い物」に行く時だけ、一緒に出掛けて行った。

玄関のドアが閉まると家の中がしーんと静かになって、その瞬間、ボクはちょっぴり寂しくなってしまった。
でもそんな時はいつも、どこからか「なっちゃん」がボクの傍に来てくれたので、ボクは寂しくなかった。

じーちゃんは別に怖い人間ではなかったけれど、ボクのことがあまり好きじゃないと「なっちゃん」が言っていたので、おかーちゃんとばーちゃんが出かけて、じーちゃんしか家にいない時は、ボクはなるべくじーちゃんに近づかないようにしていた。

みんながお出かけしているとき、なっちゃんはボクにいろいろお話してくれたんだ。

東京だと思っていたけれど、ボクが今いるこの場所は実は「新潟」だということ。
『どうりで、おかぁちゃんがいないわけだ』
なっちゃんはもともと「のら猫」だったけれど、ある日、小さな男の子につかまってしまい、「落とし物」として「けーさつ」というところに連れて行かれたということ。
その頃、おかーちゃんは「けーさつ」というところで「臨時的なんとかー」で落とし物係として働いていたということ。
この時、なっちゃんの右目はすでに潰れていて、おかーちゃんは、なっちゃんをお家に連れて帰ることを決めたということ。
その目は、顔を洗うときに自分の爪でうっかり突き刺してしまったらしいということ。
その頃、このお家にはすでに「蘭ちゃん」と呼ばれていた白くふさふさの毛の猫が居て、なっちゃんを相談もなく連れて帰ったおかーちゃんは、ばーちゃんに思いっきり怒られてたということ。
「なんで、おかーちゃんは怒られたの?」
と、ボクが聞くと
「だって、私と蘭ちゃんとうまくお付き合いできるかどうか?わからないじゃない。蘭ちゃんが私と暮すことを許してくれなかったら、このお家に私の居場所がなくなっちゃうもの」
でも蘭ちゃんは怒ることなく、なっちゃんを同居猫として認めてくれたということ。
蘭ちゃんと呼ばれていた猫は「蘭丸」という名前で、男の子だったということ。
その蘭丸という名のふさふさの白い毛の猫とは、1年くらい一緒に暮らしていたということ。
蘭ちゃんはお外によく遊びに行っていたけれど、なっちゃんがお外に出ると傍に来て見守ってくれていたということ。
蘭ちゃんは自分で窓を開けて脱走するのが得意で、ある日突然、脱走したまま戻らなくなってしまったということ。
その蘭ちゃんが言うには、これまでにたくさんの猫たちがこの家を出入りしていた、ということ・・・。

だからボクが男の子でも女の子でも『なにも心配することはない』ということだった。

土曜日の電話

ぷるるるるっ。
晴れた土曜日のお昼前のこと、突然、家の電話が鳴った。

この日おかーちゃんは「お仕事」に行っていたけれど、この頃のおかーちゃんのお仕事は、任期というものが終了していて、なっちゃんが話していた「けーさつ」ではなく、どこかの建築屋の事務をしていた。

ばーちゃんは電話を一回切ると、すぐにどこかにかけ直していた。
「あー、もしもし?仕事中にゴメン」
ばーちゃんがかけた電話の相手は、おかーちゃんだった。
「悲しいお知らせ」
ボクは、ばーちゃんの話に聞き耳をたてた。
「今ペットショップから電話があってさぁ、空-sora-、やっぱり男の子だってさ」
ばーちゃんがそう伝えると、電話の向こうから
「あー、やっぱりぃ?」
という声が聞こえた。
おかーちゃんは特に驚いていなかった。

『・・・だよね』

お店からかかってきた電話は、ボクの「血統書」というモノが用意できた。という内容だった。
それまでお店ではボクが「女の子」だと思い、そう表記していたのだとか。
でも届いた血統書には「男の子」と書いてあって、どこで間違ってしまったのか?お店の奴らはその時ようやくボクが「男の子」だと解ったらしい。
それに対する謝罪も伝えられていた。
『あーぁ』
ここに来て1週間。
ボクはみんなに大事にされて幸せだったけれど、男の子とか、女の子とか。
その言葉を聞いて、ボクはなんだかまた不安になってきた。

夕方になって、おかーちゃんがお仕事から帰ってきた。
この頃のおかーちゃんは、ボクの「ワクチン」というものがまだ済んでいなかったので、『外から変な菌を持ってくるといけない』と言って、お仕事から戻ってきた時はいつも汚れた服を着替え、手と足を念入りに洗ってからボクに触れていた。
「そーちゃん、ただいまぁっ!」
ボクに「空-sora-」という名前がつけられ、おかーちゃんもばーちゃんもすぐにボクを「そーちゃん」と呼び始めた。
おかーちゃんがボクの小さな頭を撫でたあとに抱っこすると、
「ねぇ、空-sora-のことなんだけど。男の子だっていうし」
ばーちゃんが話を切り出した。

あの電話のあとからずっとボクが不安になっていて、なっちゃんが『大丈夫、心配ないから』って言ってくれていたけれど、ボクはばーちゃんが「男の子はいらないから、お店に返す?」って言うんじゃないかと思ってドキドキしていた。

でも違った。

「空-sora-のことなんだけど男の子だっていうし、漢字をさぁ、『ウハエ』の空じゃなくて『宇宙(うちゅう)』って書いてsoraって読ませない?そのほうが男の子っぽくてカッコイイと思うんだけど」
『ウハエ?ウチュウ?』
ばーちゃんは、なんだか呪文みたいなことを言った。
ばーちゃんの『呪文』みたいな言葉に、おかーちゃんは「それ、考えてた。宇宙(うちゅう)でいいよ」と答えていた。
どうやら名前にあてる『漢字』のことらしい。でも漢字がわからないボクには、この呪文みたいな会話はちんぷんかんぷんだった。

だけど、ボクは「いらない」はされないんだと、安心した。

ボクは『宇宙-sora-』になった

この日。
ボクの名前は「ソラ」のままだったけれど、「空-sora-」から「宇宙-sora-」に変わった。
でもボクは字が読めないから・・・あまり関係ないんだけどね。

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