宇宙-sora-物語①|ボクの生きてきた遠い日々のできごと-「短い時間の記憶」

ボクの生きてきた日々

 「短い時間の記憶」

プロローグ

アメリカでは「オバマ」氏が大統領選で当選し、日本では「橋下徹」氏が最年少38歳で大阪府知事に当選。

「赤坂サカス」と、国内3つめのディズニーホテル「東京ディズニーランドホテル」が開業し、
「大阪のくいだおれ」が老朽化・時代風俗の変遷などを理由に営業を終了。

松下電器産業が「パナソニック株式会社」に、ほっかほっか亭が「ほっともっと」ブランドを立ち上げブランド変更。

「スペースシャトルエンデバー」に搭載された国際宇宙ステーションの「日本実験棟きぼう」が船内保管室のドッキングに成功したり、Twitter日本語版が開設されたり、後期高齢者医療制度が始まったり。

名探偵コナンの「戦慄の楽譜(フルスコア)」や、「WALL・E/ウォーリー」などのヒット映画が上映された、そんな2008年。

その年の1月27日の晴れた日曜日に、東京の片隅にある建物の狭いケージの中で、ボクは5匹兄弟の末の子としてこの世に生まれたらしい。

でもボクには、あの頃の記憶はもうほとんどない。
おかぁちゃんの顔も、一緒に居た兄弟たちの顔も、ボクはほとんど覚えていない。

でも最近になって、
時々ぼんやりと、遠いあの日の出来事がボクの脳裏によみがえってくる。
おかぁちゃんや兄弟たちと過ごした、ほんの短い時間の記憶。

体がいちばん小さなボク

ボクは兄弟の中で、体がいちばん小さかった。

生まれたばかりのボクたちはまだ、目を開けることができなくて「おっぱい」を飲むときは、おかぁちゃんのぬくもりと、やわらかい感触と、かすかなニオイが頼りだった。
「あ、おっぱい、みつけたぁ♪」
でもボクが最初に見つけたおっぱいは、すぐに他の兄弟に取られてしまった。
「まんまぁ♪」
「これ、ボクの!お前はあっち!」
次に見つけたおっぱいも、やっぱりほかの大きな体の兄弟に押しのけられて取られてしまった。
「やーっ。ボクもこっちがいいーっ。」
ボクは抵抗して奪い返そうとしたけれど、大きな体の兄弟には勝てなかった。
いい匂いのする「おっぱい」は兄弟たちにみんな取られてしまって、ようやく吸いつくことのできた「ボクのおっぱい」は、ちっぴり出が悪かった。
兄弟たちに取られてしまったおっぱいより、ボクのおっぱいはあまり出なかったけれど、でも美味しかった。
ボクは一生懸命に吸って、いっぱい飲んだんだ。

いつか兄弟たちより大きくなってやるんだ。

ちょっぴり大きくなったボク

数日が過ぎ、ボクたちはちょっぴり大きくなった。
ようやく目を開くことができたけれど、目に映るものは、なんだかまだぼんやりとしていた。
足もうまく力が入らずヨタヨタしてしまって、立ち上がってもすぐに転んでしまった。
ボクはまだ、自分の思うようには歩けなかった。
もどかしいったら、ありゃしない。

ボクたちはまだ体温調整も上手にできなくて、いつも兄弟でくっついて寝ていたんだ。
それでも寒いときは、おかぁちゃんのお腹の中にもぐりこんだりもした。
おかぁちゃんは、いつでもボクたちの傍にいてくれて、いつでも優しく包み込んでくれていた。

そのうち、おかぁちゃんは時々ボクたちから離れる時間が増えた。
「ぉかぁちゃん、どこぉ?ボク、おなかがへったよぅー!」
お腹が減って目を覚ましたボクが、兄弟たちと一緒におかぁちゃんを呼ぶ。
おかぁちゃんはすぐに戻ってきて「はいはい、ごめんなさい。よっこいしょ」と、おっぱいが飲みやすいように、ボクたちの傍で横になってくれた。

その頃のボクはまだ、他の兄弟たちよりもやっぱり体が小さくて、力もあまりなかった。
だからおっぱいを飲むときは、いつも体の大きな兄弟たちに押しのけられて、いつも簡単にはじきだされちゃっていた。
それでもボクは、
「ボクも入れてっ!ボクも飲むっ!どいてぇっ!」
生きるために頑張って、ぎゅうぎゅうに並んでおっぱいを飲んでいる兄弟たちの間に頭を突っ込んで、ボクのおっぱいを飲んだ。
いっぱい飲んだはずなのに、な。
ボクはやっぱり、ほかの兄弟より大きくなれなかった。
ちぇっ。

ぼんやりとしていた景色がハッキリと目に映るようになったころ、ボクは周りのいろんなものが気になるようになった。
「あそこ、なにがあるんだろう?」
「あれ、にゃんだろぅ?」
まだボクの足はまだヨタヨタしていたけれど、それでもあちこち自由に歩きまわれるようになっていた。

その頃のボクたちは、おかぁちゃんのおっぱいをあまり必要としていなかった。
でもボクは人間が出す「ご飯」より、おかぁちゃんのおっぱいのほうが好きだった。
あの時の人間が出すご飯は、あまり美味しくなかった。
ボクは人間の出すご飯より、おかあちゃんのおっぱいを飲んでいた。

おかぁちゃんのおっぱいをいつまでも飲んでいたので、兄弟たちにはちょっぴりバカにされてしまっていた。

兄弟と過ごした楽しい時間

ヨタヨタしながらも、なんとか自由に歩き回れるようになったころ、ボクたちは兄弟で追いかけっこをしたり、プロレスをしたり、一緒にじゃれあって遊ぶようになっていた。
遊んでいるうちに興奮して、蹴ったり噛んだりする力が思わず強くなってしまい、
「んにゃっ!いたぁあいっ。」
思いっきり噛まれたところがものすごく痛くて、思わず大きな声で鳴いたこともあったな。
その声にびっくりした兄弟は、すぐに噛むのをやめて離してくれた。
「ご、ごめんね」
「いいよ、だいじょうぶ」
噛まれたところが痛かったけれど、ボクは許してあげた。
なのに、逆にボクが噛んだ時は思いっきり怒られて、パンチされた。
ボクは、パンチしなかったのに。
ひどいや。

ボクたちはそうやって遊びながら、いろんな「ちから加減」を覚えていった。

体の小さかったボクは、他の兄弟たちよりもちょっぴりどんくさかった。
そのうちなかなか遊びの仲間に入ることができずに、兄弟たちがじゃれあって遊んでいる姿を、ちょっと離れたところで見ていることが多くなった。
「そんなところで、なにしてんだよぅ」
でもそんなボクに兄弟たちはすぐに気付いてくれて、ボクを遊びに誘ってくれた。
ボクはうれしかった。
みんなと遊ぶ時間はとても楽しかった。
遊んでいるうちに眠たくなって、みんなでくっついて寝るのも、ボクにとって幸せな時間だった。でも幸せな時間は、それほど続かなかった。

それは、少し暖かくなり始めた3月のことだった。

みんなどこかへ行ってしまった

ある日、人間が兄弟たちを掴みあげると、小さな箱の中へと入れはじめた。
「なんすんだよっ!はなせやいっ!」
「やだーっ、おかぁちゃんっ、たすけてっ!」
突然のことだった。
なのに、おかあちゃんは驚いたふうでもなく何も言わず、箱に入れられていく兄弟たちをじっと見ているだけだった。
ただ、その目はどこか悲しそうで、どこか諦めた感じだった。

兄弟たちが入れられた箱のフタが次々としめられると、どこかへと運ばれていった。
「みんな、どこへ行ったの?」
ボクは恐る恐る、おかぁちゃんに聞いてみた。
けれど、おかぁちゃんは何も答えてくれなかった。

ボクはなんだか怖くて、おかあちゃんのお腹に隠れるようにもぐりこんでいると、人間はすぐにボクのことも掴み上げた。
そしてボクは兄弟たちを同じように、小さな箱の中に放り込まれてしまった。
それは、あっという間の出来事だった。

わずかな光が差し込む狭く暗い箱の中で、ボクはしばらく揺れていた。
おかあちゃんや兄弟たちのニオイがどんどん薄くなって、やがて消えていった。
「・・・おかぁちゃん。たすけて。」
ボクは、心細くて仕方がなかった。

見知らぬ場所で

ボクは狭い部屋の中で、ひとりぼっちになっていた。

「おかぁちゃん、どこぉ?!にぃちゃんっ!ねぇちゃん!!」
怖くて、寂しくて、心細くて。
おかぁちゃんや兄弟たちを鳴いて呼んだけれど、どんなに鳴いて呼んでも、おかぁちゃんも兄弟たちも、ボクのところへは来てくれなかった。

そのうちボクは疲れちゃって、鳴くのをやめた。