宇宙-sora-物語②|ボクの生きてきた遠い日々のできごと-「狭い部屋の中で過ごした数日」

ボクの生きてきた日々

 「狭い部屋の中で」

ひとりぼっちになったボク

「おかあちゃん。ボク、おなかへったぁっ。おっぱいちょーだい!」
でもそこに、大好きな「おかあちゃん」はいなかった。
「おかあちゃん?どこー?」
ボクはきょろきょろと周りを見る。
いつも兄弟たちと過ごしていたその場所には、おかあちゃんだけじゃなく、兄弟たちの姿もなかった。
ボクだけが、ポツンとそこにいた。

ボクは急に不安になって、慌てて、おかあちゃんと兄弟たちを捜したんだ。

「おかぁちゃん、どこぉっ?!」
よたよたする足で、ボクは走っていた。
床に敷かれた新聞紙が絡みつき、ボクの足がもつれる。
「にぃちゃんっ!ねぇちゃん!!隠れてないで、出てきてよーっ」
ボクは、ボクを置いて消えてしまった兄弟たちや、おかあちゃんを捜し歩いて、鳴いていた。
でもどんなに呼んでも叫んでも、おかあちゃんも兄弟たちも姿を見せてはくれなかった。
「おかあちゃん・・・」

ボクの小さな体が、びくんっ!と震えた。
ボクは思い出した。

人間に掴み上げられ、小さな箱に入れられてしまった兄弟たちの姿を。
人間に掴み上げられ、箱に入れられるボクを悲しそうに見上げる、おかあちゃんの表情を。

「そうだ。ボクは・・・」

と、その時。
わんわんわんっ!
「おなかへった!ごはん、まだーーっ!?」
「おさんぽ、いきたぁい!」
「ねぇだれかぁ、一緒にあそびましょぅよー」
わんわんわんっ。
きゃんきゃんきゃんっ。
賑やかすぎる声で、ボクは目が覚めた。

そっか。
ボクはまた、あの日の夢を見ていたんだ。

顔の見えない相手と

その部屋の壁はとても冷たくて、ちょっと走るとすぐ壁に頭をぶつけてしまいそうだった。
「ごはん」と「おトイレ」だけがあったけれど、それ以外は何もない部屋。
もっとも遊び相手なんていないから、ボクは走ることはなかったし、頭をぶつけることはなかった。

でもこの部屋は、今までボクが過ごしていた部屋よりもいつもキレイにされていたし、少しだけ暖かかった。

ガラスの向こうに見える景色は、なんだかゴチャゴチャといろんなモノが並んでいた。
そこには気になるモノもあったけれど、ガラスが邪魔して近くまで行って確認することができなかった。
ガラスの向こうでは、いつも多くの「人間」が行ったり来たりしていた。
しかも毎日、違う人間が行ったり来たりしていた。
なんだか落ち着かない。
たまにボクの前に立ち止まって、ボクをじーっと見ている人間もいたけれど、すぐにどこかへ行ってしまった。
なんだかちょっと、イライラする。
「おかあちゃん、迎えにきて。ボク、寂しいよぅ。もうお家に帰りたい。こんなとこ、いやだよぅ」
ボクは泣きそうになった。

わんわんわんっ、きゃんきゃんきゃんっ。
「おなかへった!ごはん、まだーーっ!?」
「おさんぽ、いきたーい!」
「ねぇだれかぁ、私と一緒にあそびましょぅよぅ!」

ボクとはちょっと違う「言葉」を話すやつらの姿は見えないけれど、どこか近くにいるらしい。
いつも、わんわんわんわんっ、わんわんわんわんわんわんわんわん。
きゃんきゃん、きゃんきゃんっって

「あぁ、もぅっ。うるさいなぁ」

ぽそりボヤくと、足もとから声がした。
それも、ボクと同じ「言葉」で。

「ねぇ、そこに誰かいるの?」
「・・・・。」
突然のことで、ボクは返事ができなかった。
「誰か、いるんでしょ?」
「・・・・。」
床の下から声が聞こえる。
ボクはちょっと怖かった。
「ちょっとぉ、いたら返事しなさいよぅ」
「・・・な、なに?」
「ほら、いたぁ」
床の下から聞こえてきた声は、クスクスクスと笑った。
ボクが戸惑っていると、声は続いて聞こえてきた。
「ねぇ、あなた、お名前は?」
「オナマエ・・・って?」
「名前、ないの?」
「ナマエって、なに?」
「あなた、自分の名前を知らないの?今までなんて呼ばれてたの?」
「・・・。」

ボクは少しだけ考えた。
そういえばボク、なんて呼ばれていたっけ?

「私はね、猫ちゃん。いつも猫ちゃんって呼ばれているの」
「ねこ、ちゃん?」
「そ、猫ちゃん」

じゃぁボクの「なまえ」も「ねこちゃん」だ。
ボクも「ねこちゃん」って呼ばれてる、と思う。

「あなた、いつここに来たの?」
「わからない。気づいたらボク、ここにいたんだ。ねぇ、ここどこなの?」
ちょっと間があって
「ここ、ペットショップっていうところらしいわよ」
猫ちゃんからの返事があった。
「ペットショップ?」
「人間が、私たちをどこかに連れて行っちゃうところ。あなたが来る前にも、どこかへ連れていかれちゃった子がいたわ」
せっかく仲良くなって、おしゃべりを楽しんでたのにな。と、どこかつまらなそうに猫ちゃんが言う。
「どこに連れて行かれちゃうの?お、お家に帰ったのかな?」
ボクは少しだけ期待した。
「さぁ?それは知らない。私まだ、ここから出してもらったことがないもの。でもきっと、いいところよ。うん、いいところ」
「わからないの?」
「うん。だって誰も戻ってこないんですもの。どこに行っていたのか聞きたかったのに」
でも、お家に帰ったわけではないと思う。と、猫ちゃんは言った。
「お家に帰るよりも、いいところよ、絶対」と。
だって、ここから連れて行く人間はみんな笑顔で、どこか楽しそうだったもの。
それまで明るかった声が、ちょっと寂しそうに聞こえた。
「ボク、お家に帰れるかな?」
「お家に帰りたいの?」
「うん、帰りたい!おかあちゃんに会いたいっ!」
「ふぅん」
猫ちゃんの声は少し、不満そうだった。
「キミは、お家に帰りたくないの?」
「あんなとこ、戻りたくないわ。そりゃぁ、私だってママには会いたいけれど・・・」
猫ちゃんの声が小さくなった。
「ここの人間のほうが、まだ優しいもの」
それっきり、猫ちゃんの声は聞こえなくなった。

ボクがこの狭い部屋の中に閉じ込められて、どれだけの時間が経っただろう。
何度、ガラスの向こうが暗くなったり、明るくなったりしただろう。
あとどれだけ寝て起きたら、ボクはお家に、おかあちゃんのところへ帰れるんだろう。

このままボクはこの狭い部屋で、ずっとひとりぼっちなのかな。
どんなに待っても誰も、迎えに来てくれない。
おかあちゃんも、兄弟たちも。

遊び相手もいない。
ここの「ごはん」も、やっぱりおいしくない。
おかあちゃんのおっぱい、飲みたいなぁ。

お願い。
誰か迎えに来て・・・。

わんわんわんっ!
「おなかへった!ごはん、まだーーっ!?」
「おさんぽ、いきたーい!」
「ねぇだれかぁ、一緒に遊んでよーっ。たいくつぅっ!」
相変わらず、ボクの近くで「言葉」の違う声が騒がしかった。
聞こえなくなった声もあれば、新しく聞こえてくる声もあった。
でも、それにもボクはもう慣れてしまっていた。

その夜、ボクはまた夢を見た。
その夜の夢は、おかあちゃんのおっぱいを飲んで、兄弟たちと一緒に遊ぶ夢だった。
だけど目を覚ますと、ボクはやっぱりひとりぼっちで、ものすごく悲しくなった。

「ボク、もぅここから出られないのかな」

うっすらと目を開けると、ガラスの向こうはいつの間にかいつものように白いライトが点いていて、明るくなっていた。
目を開けたボクの前にはアホみたいな顔をした人間が突っ立て、じぃっとボクを見ていた。
「あぁ、またか。どぅせこいつも・・・」
ボクはまだ眠たくて、そのまま目を閉じた。

あわただしい一日

目を覚ますと、そいつはボクをじぃっと見ていた。
「どうせ、お前もすぐにどこかへ行っちゃうんだろ?」
だけどボクはまだ眠たくて、すぐに目を閉じた。
思った通り、そいつはすぐにボクの前から離れてく気配がした。
もう何度目のことだろう。
ボクはもう諦めていたから、悲しくも寂しくもなかった。
「ほら、ね。ふんっ。」
でもそいつは、別の人間を連れてまた戻ってきたのだ。
ボクを指さして、何かを話していた。
何を話していたかはわからないけれど、そいつらがまたボクの前から立ち去ったあと、ボクの周りが急にあわただしくなった。

まだご飯の時間じゃないのにボクの部屋の扉が開き、大きな人間の手がボクの体をつかむと、ボクはまた、暗く狭い箱の中に閉じ込められてしまった。

あの日と同じだ!
ボクはこの小さな箱に閉じ込められあと・・・

ボクはあの日のことを思い出して、怖くて、声が出なかった。
すると、箱の中に入れられてしまう直前、
「あなたももう、連れて行かれちゃうのね」
猫ちゃんがボクに声をかけてきた。
「おめでとうって言うべきかしら?そうね、おめでとう、よ。よかったわね。」
猫ちゃんの口調は、どこか羨ましそうだった。
あれから猫ちゃんがボクに話しかけてくることはなかったけれど、猫ちゃんはまだそこにいたのだ。

「ボク、お家に帰れるのかな?」
そう聞いたけど、猫ちゃんからの返事はなかった。
あの日、猫ちゃんはなぜか「お家に帰りたくない」と言っていたけれど、「猫ちゃんも、早くお家に帰れますように」
ボクは、扉の向こうの顔も知らない「猫ちゃん」に言った。
やっぱり、猫ちゃんからの返事はなかった。

そうだ。
ボクはお家に帰れるんだ!

そう思ったら、この暗くて狭い箱の中も怖くはなかった。
箱の中は完全に暗くはなかった。
いくつかの穴が開いていて、ボクはドキドキしながら箱の中から外を見た。

箱の外に見えたのは、さっきまでガラスの向こうで立っていた人間だった。
ボクを迎えに来たのは、おかあちゃんや兄弟たちと一緒にいた人間じゃなかったけれど、きっとあの人間に頼まれたんだ。
ボクはそう思った。
それから覗いた穴の向こうに、初めて「猫ちゃん」の姿も見えた。
猫ちゃんは、綺麗な灰色のスラリとした体をしていて、ボクより、少し大人な感じだった。

ボクが入った箱を抱えた人間が動き始めると、猫ちゃんからどんどん離れて行った。
ボクにはちょっとだけ、ガラスの向こうにいる猫ちゃんが寂しそうに見えた。
大丈夫。
猫ちゃんだってちゃんと、お家に帰れるよ。
ボクはつぶやいた。

やったぁ!ボク、やっとお家に帰れるんだ!
やっと、おかあちゃんのところに帰れるんだ!
みんなももう、帰ってきてるかな。
ボクのこと、待っていてくれるかな。
また、一緒に遊べるかな。

ねぇ早くお家に帰ろっ!
ボクは、わくわくしていた。