それまでも何度か、おかーちゃんをオロオロさせちゃうことがあったけれど、
ボクは一度だけ、おかーちゃんを思いっきり心配させたことがあったよね。
あの時、おかーちゃんはもぅダメかと思って落ち込んだっけ。
あれは
ボクがおかーちゃんと暮らし始めて5年がたった頃。
ボクは「謎」の体調不良に襲われたんだ。
ボクは具合が悪くなったんだ
あれは、5月の終わり。
おかーちゃんが珍しく早くお家に帰ってきたのに、その日、ボクは大好きなお散歩に行く気になれなかった。
ちょっと前からなんだか胃がムカムカしていて、吐き出したい感じに襲われていたのに、ボクはなかなかうまく吐き出せないでいた。
「・・・ぅけっ」
そんなボクの様子に おかーちゃんが気が付き、心配して、そっと優しく背中をさすってくれたけれど、やっぱりダメだった。
おかーちゃんはすぐに動物病院へ連れて行こうと思っていたらしいけれど、
その日はあいにく休診日。
自宅が診療所になっている動物病院だから、チャイムを鳴らせば診てくれるんだろうけれど、
とりあえず一晩だけ様子を見ることにしたんだ。
もしかしたら、夜までにちゃんと吐き出せるかもしれないし、って。
その頃。
ボクのお部屋には、夜になるとベランダから侵入してくるやつが居たんだ。
「茶トラ」のそいつは夜になるとお部屋の中に入ってきてはボクと一緒に寝て、
朝になる頃にはお外へと出ていき、ボクが おかーちゃんと一緒にお庭に出てくるのを待っていた。
それから一緒にお庭で遊び、ボクがお家の中に入るとどこかへ出かけて行き、夕方になるころに戻ってきていた。
そいつの名前は「ニャ太郎」。
数カ月前にボクのお家のお庭に迷い込んできた、ボクの初めてできた「弟」のようなやつだった。
その日の夜も、ニャ太郎はお部屋の中に入ってこようとしていた。
ボクはボクで具合が悪いままで、誰にもかまわれたくなくて、いつもは おかーちゃんのお布団の上で寝るのに、その夜は狭い隙間に入って寝ようとしていた。
具合の悪いボクに、ニャ太郎がちょっかいを出すんじゃないかと心配した おかーちゃんは、「ニャた~、ごめんね」と言いながら、泣く泣く心を鬼にしてニャ太郎を締め出しちゃった。
でもそんな日に限って、お天気は最悪だった。
ニャ太郎は、どこで寝たんだろう。
ボクはニャ太郎が気になったけれど・・・
その日の夜、
ボクは結局ご飯も、
腎臓のお薬も食べられず、
お水すら飲む気になれなかったんだ。
翌朝。
おかーちゃんは朝いちばんでボクを動物病院へ連れて行きたかったみたいだけど、その日はどうしても休めないお仕事があるって言って、ばーちゃんにボクを病院へ連れて行くようにお願いして、お仕事に行っちゃった。
その頃のボクは、偶数月に一度「血液検査」もしなきゃだったから、ついでに。
原因不明
おかーちゃんはボクの事が気になって仕方がなかったみたいだけど、どうしてもお仕事が休めなかったので、お昼休みにお家に電話してきた。
ちょうど、ばぁーちゃんに抱っこされて、ボクが動物病院から帰ってきたころだった。
ボクは「レントゲン」ってやつを撮らなきゃならなくなって、診察に1時間以上もかかっていた。
診断の結果、
ボクの腸には「ガス」が溜まっているらしく、それ以外は心配ないってことだった。
ボクは小さい頃からクレアチニンっていう数値が高くて、これが高いと「腎臓」が悪いんだって。
2か月に一度、数値に大きな変化がないかどうかを調べるための「血液検査」も異常はなく、どちらかと言えば、下がっていたらしい。
ウィルス性の検査も、問題なかった。
獣医さんは、「何か誤飲した様子もないし、腸の中のガスが抜けて食欲が出れば何も問題はない」って、
「でも、もし食欲がでないようなら、またすぐに連れてくるように」って。
電話の向こうの おかーちゃん に、ばーちゃんがそう説明していた。
『それよりさぁ。
ボク、お外へ行って遊びたいんだけどー』
昨日から飲まず食わずだったボクだけど、
動物病院で「栄養補給」の注射を1本だけ打たれて、ちょっぴりだけど具合が良くなっていた。
油断はできない
ばーちゃんってば。
ボクを連れて帰ることばかりに一生懸命で、大事な血液検査の結果用紙を動物病院に忘れてきちゃったの「帰りにもらってきて」と、おかーちゃんに言っていた。
おかーちゃんも、ばーちゃんの説明だけではよくわからなかったので、
「帰りに詳しく聞いてくるよ」
電話の向こうでそう言っていた。
ボクがこのお家に来て間もなく「ワクチン」を打つためにこの動物病院に連れてこられた。
ワクチンを打つ前に受けた「血液検査」で、ボクのクレアチニンの数値が正常値を超えていることが判明した。
それでも腎臓は2個あるから、もう1つが機能していれば大丈夫とのことだった。
でもいつどうなるか解らないから、定期的に血液検査をする必要があるって言われていた。
一度壊れた腎臓が元に戻ることはないけれど、それでも進行を遅らせることはできる・・・そういう話だった。
それからずっと「正常範囲」を大幅に超えていたボクの「クレアチニン」の数値は、ニャ太郎と遊ぶようになってから、少しずつ下がってはいたけれど、それでも「正常範囲」になることはなかった。
でもこの日の検査では、正常範囲内まで劇的に減っていたんだ。
腎臓が一度悪くなると治ることはないのに、この結果には獣医さんも驚いていた。
その代り、それまで正常範囲だった「PCV」とか言う値が減ってしまっていて、
これは「貧血・ビタミン不足・造血機能の低下の恐れ」があるんだとか。
だから、簡単には喜べないんだって。
さらに、
「血糖」の数値も正常範囲を少し超えていたのも心配、って言われていた。
あと、「総タンパク」の数値もやや超えていて、「脱水・興奮などによる血液の濃縮の恐れ」あり・・・
クレアチニンの数値が劇的に下がって喜んでいた おかーちゃんだったけれど
変わりに、これまで正常だった機能に異常の疑いがあると説明を受けてパニックになっていた。
それからレントゲンの結果の説明を受けた。
たしかに腸の中が「ガス」でパンパンになっていた・・・らしぃ。
でも、このガスがどこから来ているのかが解らないって事だった。
おかーちゃんは獣医さんの説明を受けながら、レントゲンを隅々まで見ていた。
そして、右下からお腹の真ん中まである「影」に気づいた。
おかーちゃんは、「これ、もしかしたら・・・」と不安に襲われながら、おそるおそる獣医さんに聞いた。
「先生、これ・・・なんでしょ」
ところが獣医さんは笑うでもなく、
「ぅんこです」
そう答えた。
「・・・・。」
おかしぃな。
ボク、動物病院に行く前に、ちゃんと出したんだけどなぁ。
ガスはこの「ぅんこ」のせい?
それでも獣医さんは「この量だったら何も心配はない」と、ガスの発生元については「何が原因か解らない」と言うだけだった。
実はボク。
いつもは診察を受けている間、おかーちゃんたちがずっとそばにいてくれるのに、
あの日は ばーちゃんから引き離されて、ひとりで「レントゲン」っていうやつを撮らなきゃならなくなって、怖くて、ぉちっこ漏らしちゃったんだ。
獣医さんはその「ぉちっこ」で「尿酸」の検査も一緒にしてくれたけど、それも問題ないってことだった。
とにかく「ガス」が溜まっているという以外はどこも問題がなく、ボクの体調不良は獣医さんの頭を悩ませていた。
一応、「栄養補給」と「水分補給」の注射をしておいたので今日のところは心配ないけれど、翌朝まで食欲が戻らないようならば、すぐに連れてきてください。
今度は バリウム検査でもう少し詳しく調べます。
もしかするとですが、「腸閉塞」の疑いも考えられるので・・・。
こればかりはあまり時間をかけると危険なので、必ず連れてきてください。
そう言われて、おかーちゃんはさらにパニックになっていた。
おかーちゃんは、獣医さんにニャ太郎の事も話したらしい。
すると獣医さんは「嫌がってませんか?」って聞いてきた。
ひょっとすれば「ストレス」の可能性もあるかもしれない、との事だった。
「嫌がっているといえば、嫌がっているかもしれないけれど、
でも、姿が見えなければ寂しそうにしているというか、心配そうにしているというか。
でもこればっかりは本当のところ、本人にしかわからないので・・・」
と、答えたらしい。
ボク。
ニャ太郎のこと、そんなに嫌いじゃないよ。
この日の夜。
ボクにウィルス性の病気の疑いがないことだけが解ったので、ニャ太郎はお部屋の中に居れてもらえた。
寝ているボクにちょっかいを出さないかと、おかーちゃんは心配していたけれど、
いつもはお部屋に入ってくるなり「にゃーにゃー」鳴いてボクに突進してくるニャ太郎も、
この日はお布団の上に乗ることもなく、途中で「お外に行ってしまったのかな?」と思うほど、お部屋の片隅で静かにしていた。
バリウム検査、決定
お願い・・・っ。
食欲が戻りますようにっ。
そんな おかーちゃんの祈りむなしく。
ボクはまた夜から食欲がなくなり、カリカリ1粒、お水を1滴も飲まず、翌朝を迎えた。
バリウム検査、決定。
おかーちゃんはこの日もお仕事が休めず、ばーちゃんがボクを病院へと連れて行った。
すぐにバリウム検査に入ったけれど、終わるまで5時間くらいかかると言われ、ばーちゃんは動物病院にボクを預けて一度お家に帰っちゃった。
5時間も7時間も一緒だから、と、ボクのお迎えは おかーちゃんのお仕事帰りを待つことになった。
おかーちゃんはお仕事をしている間ずっと、
血液検査の時に時々見かけていた、泣きながら診察室を出てくる人たちの姿がふと脳裏によぎり、不安になっていたらしい。
バリウム検査をどういうふうに行うのかは解らなかったけれど、「5時間くらいで検査は終わると思うけれど、なるべく遅めに迎えに来るように」って言うことは、麻酔をかけて眠らせてからなんだろうな、と。
麻酔をかけたまま、目が覚めないなんて言われたら・・・。
いつもと同じ時間しか離れていないのに
「動物病院にいる」というだけで、その日はずいぶんと長く感じていた。
診察室でボクを待っていた おかーちゃんは、
ボクを見てホッとした表情を見せた。
ボクも、おかーちゃんの顔見てホッとした。
心配していた「腸閉塞」の疑いはなかったけれど、
バリウム検査でもボクの「ガス」の原因は解らなかった。
このまま食欲がなければ、最悪「開腹」も考えなければならなくなった。
でもかなりのリスクを背負うことになるので、獣医さんもこればかりは避けたい様子だった。
おかーちゃんも、ボクにこれ以上の「リスク」と「ストレス」は避けたいので、これは最終手段で、
もう少しやれることを探して、それでもボクに改善が見られなかったら、おかーちゃんは覚悟を決めなきゃならなくなった。
その日も「栄養補給」と「水分補給」の注射をもう一度打ってもらった。
注射を打った後はしばらくボクも調子が良くなり、
お家に戻ってから少しだけ、お外で遊ばせてもらえた。
その日の夜風は気持ちよく、ボクはしばらくベランダで当たっていた。
ボクの姿を見つけたニャ太郎が、嬉しそうにベランダへ駆け上ってきた。
10分ほどベランダで過ごしたけれど、まだ体調も戻っていなかったので、お部屋に戻って寝ることにした。
ニャ太郎も、ボクの横で静かに寝ていた。
翌朝。
まだ食欲は戻らなかったけれど、お水は飲めた。
それからお家の周りをぐるり、ゆっくりとお散歩して、お庭に生えていた「雑草」をひと噛み。
でもすぐに、ねっとりとした液体と吐きだした。
ぐったり・・・
ねっとりしたものを吐き出しても、まだ何かを吐きたい感じは残っていた。
でもうまく出せない。
「ぅけっ」
何度か吐き出したい気分に襲われたけれど、数回に1回、ねっとりした液体が出てくるだけで、すっきりすることはなかった。
ボクはお薬を食べなきゃだったけれど、自分から食べる気にもなれず
おかーちゃんが無理やり口をこじ開け、薬を放り込もうとした。
「やだーっ」
この日は、ボクがあまりに嫌がるので、一日くらいなら大丈夫かなって思ったらしいけれど
それでもこのお薬はボクにとって腎臓の悪化を抑えるための大事なお薬だったから、おかーちゃんは無理をしても食べさせようとした。
すっきりすることはなかったけれど、ねっとりとしたものを少しだけ吐き出せたせいか、その日はカリカリを5粒だけ食べることができた。
5粒だけだったけれど、ようやくカリカリを食べるボクを見て、おかーちゃんは大喜びしたかったらしい。
でも大きな声を出すと、せっかく食べ始めたボクが驚いて食べるのをやめてしまうといけないので、食べ終わるまで喜びを堪えながらジッと見ていた。
5粒で終わっちゃったけど「食べれたねぇ」と、おかーちゃんはボクを褒めた。
でもまだまだ食欲が戻ったとは言えなかったので、この日も動物病院で「栄養補給」を打ってもらわなきゃだった。
この時のボクは、ほぼ毎日のように動物病院へと連れていかれた。
カリカリを食べたとき、ちょこっとヨダレを垂らしながら口の中を痛そうにしたように見えたので、おかーちゃんは「口内炎」を心配した。
でも獣医さんが調べてくれた結果、口内炎もないとのことだった。
いろんな可能性が出ても、検査をすれば結果に異状がなく、
ボクの食欲不振・体調不良の原因がまったくわからず、獣医さんはどんどん困る一方だった。
とはいえやはり開腹だけは避けたく、次は入院して点滴での治療を提案された。
とりあえずこの日は、もぅ一度「栄養補給」と「水分補給」「吐き気止め」と「胃腸」の薬を注射して・・・。
ボク、一日に4本も注射を打たれた。
診察を終えて待合室を出るころには、ボクはかなりぐったりしていた。
待合室に戻ると「わんこの親子」が数組いた。
待合室にいる間ボクは誰とも目を合わせることなく、ばーちゃんに抱っこされたまま「もぅ疲れたー。ねむいー」と、腕の中に顔を「ぎゅぅう」とうずめて小さく丸くなっていた。
そんなボクの様子を見て、わんこの おかーちゃんたちに「かわいい」と笑われた。
ボクは腎臓の療養食しか食べちゃダメだったけれど、獣医さんからは「とにかく今は『何かを食べる』ということが大切なので食べられるものがあれば、なんでも食べさせて下さい。腎臓の処方はそれからでも大丈夫なので」
と言われていた。
と言われても、あまり食べたいものがなく、
ボクはまだ小さかった頃に大好きだった「アロエヨーグルト」を、久しぶりに半分だけ食べた。
家出騒動
この日はちょっとだけ体調が良かった。
ボクは玄関まで、お仕事から帰ってきたおかーちゃんをお出迎えした。
おかーちゃんが「たっ!」(※だたいまの略)って言うから
ボクは「りっ!」(※おかえりの略)って答えた。
おかーちゃんがお部屋に入ると、ばーちゃんが唐突に
「いやぁ、今日はあとちょっとで家出するところだったよ」と言った。
「なんで?」
「詳細は、あいつに聞くんだな」
「・・・誰?」
「あそこで何食わぬ顔で座っているお前んとこのガキ」
後ろで毛づくろいしているボクを見て、おかーちゃんはますます「わからん」という表情をした。
事の次第はこぅである。
その日の午前中、
やっぱりボクはあまり食欲が出なかったけれど、それでもカリカリを少々、ヨーグルトを半分。
お薬もちゃんと食べて、お外でニャ太郎と遊んでいた。
遊んでいたと言っても、1時間ほどお庭で日向ぼっこをしただけ。
お家の中に入ってからはしばらく、ボクはあっちで寝ようか、こっちで寝ようか、やっぱり向こうで寝ようかな・・・と、お昼寝する場所が決められず、あっちへウロウロ、こっちへウロウロ。
なかなか落ちつけなかった。
ばーちゃんとじーちゃんがお昼ご飯を食べ終わった頃、ボクはようやく、落ち着いて寝られる場所を見つけていた。
あまりの静けさに、ばーちゃんがふと
「あれ?そぅいえば 宇宙-sora-は?」
ようやく、ボクの姿が見えないことに気づいた。
「あいつ(おかーちゃん)の部屋じゃないんか?」
じーちゃんに言われ、ばーちゃんが部屋をのぞきに来た。
ところが、おかーちゃんの部屋の中にボクの姿を見つけることができなかったので、
「あれ??い、いないっ?!」
ばーちゃんたちは家中を大捜索することになってしまった。
ボクの名前を呼びながら、あっちをバタバタ、こっちをバタバタ。
「ぅるさいなぁ」
騒がしい音に、ボクはそう思いながら寝ていた。
どこを探したもボクの姿がどこにも見当たらないので
「じじっ!さっき 外へ出ただろっ?!その時、ちゃんとドア閉めて出たか?!」
ばぁーちゃんが怒鳴り始めたので
「い、いやぁ、どうだっただろぅ??」
じーちゃんがオドオドと答えていた。
「ったくっ!」
ばぁーちゃんは少しキレ気味だった。
玄関のドアが開いて、すぐに閉まる音が聞こえた。
まだ6月の半ばだというのに、じっとりとした暑さの中、二人はボクを探してご近所を探し回って歩きはじめた。
最初は、ボクの行動範囲はたかが知れているのでそれほど焦っていなかったらしい。
ボクがいつもの遊んでいる「雑草」だらけの空き地の雑草をかき分けてみる。
でも、ボクの姿は見つからない。
お留守だったけれど、赤ちゃんの頃から時々ボクが遊ばせてもらっているお宅のお庭にも「ごめんなさい、失礼します」と入っていき、ボクの姿を探す。
ボクはなぜか、この家の人に気に入られていた。
在宅中だったら一緒になってボクを探しちゃうだろうから、お留守でよかった。
いつもなら。
ここまで探せば何食わぬ表情で「呼んだぁ?」と、ひょっこり出てくるボクだけど、
でもボク、今はお部屋の中で寝てるから、ね。
ばーちゃんたちがどんなに探せど、名前を呼べど、ボクが姿を見せるはずもなく、いよいよ焦り始めた。
そういえば、ニャ太郎の姿も見えないっ!
「もしかしてニャ太郎の後に着いて行って何処かへ・・・」
ボクを見つけられず、どんどん焦ってくる。
「あぁ、それでも家のどこかを見落としてるかもしれないっ」
と、再び家の中を大捜索することになった。
寝室に置いてある箪笥の扉が開いていたので「もしかして、ここかっ?」と覗いてみたけれど、やっぱり姿がない。
「こ、これはっ。いよいよ大変な事に」
この頃、札幌で起きた「飼い猫殺処分」の事件も脳裏によぎり
「じじぃ!あれが帰ってくる前にはよぅ家出の準備せぇっ!!」
ばぁーちゃんが叫ぶ。
それでも、家出の前に最後もぅ一度と、おかーちゃんの部屋の捜索を始めた。
ふと、部屋の片隅に置いてあった段ボールに目が留まる。
「・・・・・あれ、いつからあった?」
それはボクがこのお家に来てから割とすぐに、おかーちゃんが買ってきた小さな段ボールハウスだった。
ようやくその存在に、ばーちゃんが気づいた。
そーっと手を伸ばす。
ちりりりんっ♪
「もぅ、さっきからうるさいニャ」
ボクは鈴の音を小さく鳴らしながら、ひとつ伸びをして、段ボールハウスから這い出た。
ボクを見つけ出すまで、すでに2時間以上が経っていた。
ボクを見つけ出したあと、安堵した ばーちゃんは疲れ、倒れるように横になっていた。
そこへ近所に住む叔母が遊びにやってきた。
ぐったりと横になっていた ばーちゃんを心配したので、事の次第をかくかくしかじかと話すと、叔母は大笑いした。
「いや、ほんと参った。だからもぅ疲れてさぁ、今、横になってたんだわぁ」と、ばーちゃん。
「ほんに、おめさん家はあれ(宇宙-sora-)を大事にしてるからの」
「まぁな、宇宙-sora-がいるから嫁に行かんって言ってるぐらいだし。いや、ほんと、何かあったらただじゃ済まんかったわ」
と、ばーちゃんは今日の事を おかーちゃんに説明した。
カリカリ、あれこれ
ちょこっとだけど、毎朝ご飯も食べられるようになった。
お薬もちゃんと、食べられる。
午前中はニャ太郎とも遊んで、「ぅんこ」もしっかり出して、「ちっこ」もちゃんと出ている。
ちょっとずつ、体調がよくなっている気もしたけれど、
おかーちゃんがお仕事から帰ってくる頃には、遊び疲れてるのかぐったり。
その後は、ばーちゃんのお部屋の押し入れの中で朝まで寝ていた。
それでも、最初の頃に比べたらだいぶ楽ちんになってきた感じだった。
押し入れの中で寝ていると、おかーちゃんが潜り込んできて、ボクをぎゅぅっと抱きしめる。
「ぅ、うじゃぃ・・・」
それでも何かを吐きだしたい感覚はまだ残っていて、時々「うけっ」ってなるのに、やっぱり「何か」を吐きだせないでいた。
ちょっとずつ食べられるようになったとはいえ、もぅ数日、ちゃんとした量を食べられていないので、ボクの体重はすっかり軽くなっていた。
「とにかく、なんでもいいから食べさせないと」
と、ボクが好きそうなカリカリの味を買い込んでは、
「これはどう?」
「これは?」
「これならどうだ?」
次から次へと新しいカリカリが出てくるけれど、どれも「いらにゃぃ」とボクが食べないので、全部ニャ太郎が食べることになった。
ボクの体重は減っていったけれど、ニャ太郎はなんだか丸くなった気がする。
ニャ太郎がそばにいると、ボクはなんだか落ち着く。
いつの間にかお部屋の中に入ってきては、ボクの後を泣きながらついてくる。
ちょっぴり鬱陶しいけれど、兄弟ができたみたいでなんだか嬉しい。
それから、どっすん、ばったん、運動会。
疲れると、一緒に寝んね。
その夜は久しぶりにニャ太郎と思いっきり遊んだので、おなかが減った。
夜中に おかーちゃんを起こして、カリカリを食べさせてもらった。
食欲が戻ったボクを見て おかーちゃんは喜んだけれど、そのあとまた、ボクはご飯が食べられなくなってしまった。
緊急入院
また食欲がなくなった。
起き上がるのも、なんだかしんどい。
ぅんこも、
ぉちっこも出ない。
おかーちゃんが夕方、お仕事から戻るとボクは無理やり起こされた。
「しかたにゃいなー」と、ボクは頑張って遊んでみた。
それから、お水をいっぱい飲んだけれど、やっぱりご飯は食べたくなかった。
おかーちゃんが無理にでも食べさせようとして、カリカリを鼻先に近づけてきたけれど
「うっぷ。」気持ち悪いだけだった。
「もぅ一度、ガスの溜まり具合を診てもらおうか」と、おかーちゃんは病院へボクを連れて行った。
思った通り、ボクの腸はまたガスで「ぱんぱん」になっていた。
その日、ボクの緊急入院が決まった。
とはいえ。
まだ開腹手術と決まったわけではなく、とりあえず点滴と、
「何か食べれるものはないだろうか?」と、いろいろ試したいということで、「2、3日預からせていただきたい」との事だった。
獣医さんにそう言われ、「先生・・・。お布団を持参で泊まってもいいですか?」と、おかーちゃん。
これには獣医さんもかなり困った様子だった。
本当は2、3日預かって様子を見たいと思っていた獣医さんも、おかーちゃんがバカなことを言うので、
「では、とりあえず今日は預らせていただいて、今日はどうしてもお返しすることはできないので、明日の夕方にもぅ一度来ていただいて、その結果次第で日中は点滴の治療に通っていただき、夜はご自宅で過ごすという方法もありますので」
と言うしかなかった。
獣医さんの提案に、「いやぢゃ!宇宙-sora-といっときも離れとぅないっ!」と叫びたいのを堪えていた おかーちゃんだったけど。
ボクは思った。
『氷室さんのLIVE行くときは、ボクのこと放ってお泊りしてくるくせに』
ボクの具合が悪くなって数日が経過していた。
まったく原因が解らず、ネットでちょこっと調べたら「気腹症」という病気があることを知ったらしい。
やっぱりガスがたまる病気らしく、おかーちゃんは獣医さんに「ネットで調べた」って言うと気分を害するといけないと思い、「お友達から 気腹症 の可能性は?」と聞かれたんだけれど、と、それとなく切り出していた。
獣医さんはちょっと険しい表情を見せた。
「この症例はほとんどなく、また腸ではないので、その可能性もない」とのことだった。
触診をしたけれど「しこり」なども一切なく、本当にまったくもって原因が解らないのだ。
いよいよの時は「開腹手術」になるのだけれど、ボクは腎臓に異常を持っているので、
術中というより「術後が危険」だと獣医さんは言った。
だから、このリスクだけはどうしても避けたい、とのことだった。
ボクを動物病院に預け、家に戻ったおかーちゃんは、
「長くは生きられない子だと 覚悟を決めておけ」
と、ばぁーちゃんに言われ、まだ「ボクが死ぬ」と決まったわけじゃないのに
まだ「治らない」と決まったわけじゃないのに
とりあえず今日、一日・・・
明日の夕方まで 離れるだけなのに
涙が止まらなくなっていた。
ボクのいない休日
その日は土曜日で、お仕事はお休みだった。
いつもは朝ご飯を食べ終わると、お庭で一緒に遊ぶのに、
この日の朝、ボクは動物病院にいたから、おかーちゃんは時間を持て余していた。
ボクはやっぱりご飯が食べられず、動物病院が用意してくれた流動食もほんのちょこっとだけしか食べられなかった。
診察時間が始まるかどうかって時間に、おかーちゃんが電話してきた。
その頃ボクは、点滴を受けていた。
それが6時までかかるって言われて、おかーちゃんはさらに落ち込んでいた。
その日のお夕飯のお買い物をしていても、ため息ばかりで、ばーちゃんに怒られていたらしい。
「来るなら6時過ぎに」と言われ、待ち続けたその時間。
いつも夕方に来れば誰もいない診察室も、なぜかその今日に限って駐車場が満車。
病院の表まで人で溢れかえっていた。
病院は、フェラリアの注射を受けに来た「わんこ」で混雑していた。
結局、ボクがおかーちゃんに会えたのは7時近くだった。
それでも
ようやくボクの顔を見れたおかーちゃんの表情は、鼻の下が伸びまくっていた。
でもすぐに、ボクの首に巻かれたエリザベスカラーと点滴用のチューブの刺さったままの腕を見て、表情が曇ってしまった。
獣医さんの説明では、
「もう一度、血液検査を行ったところ、総タンパクの数値がまた少し上がっていたので、もしかしたら腹膜炎の疑いもあるかもしれません。なので 検査センターに検査の依頼をしておきました」
とのことだった。
ただ、腹膜炎になっていたらもぅ治らないとのこと。
入院して、検査して、おかーちゃんの不安材料がまたひとつ増えるだけだった。
腹膜炎は感染から発症するらしく、普通、どの子のもかかるらしいのだけれど、みんな知らず知らずのうちに消えていくらしい。
でも、ボクのような純血種はその抵抗にかなりそれに弱く発症する確率も高いとか。
もし発症していたら、進行を遅らせることも無理だと言われた。
とりあえず今のところ、これ以上は何もできないので、
「どうします?今日、連れて帰ります?」
獣医さんが聞くと、おかーちゃんは「はいっ」と即答だった。
横で ばーちゃんが「すみませんねぇ、もうこれがいないと寂しがって寂しがって」苦笑していた。
ボクを連れて帰るというので、腕に刺さっていた点滴の針が抜かれた。
少しだけ、血に染まった細いボクの腕を、おかーちゃんは目を細めて見ていた。
家に戻ると、ボクはちょっとだけ「カリカリ」と「おやつ」を食べた。
お水はまだ飲めなかったけれど、自分からカリカリを食べたので、おかーちゃんは喜んでいた。
おちっこも、いっぱい出た。
でも、うんちはまだ出なかった。
まだ点滴の後の傷も残っているし、腹膜炎の疑いがあるとのことだったので、
この夜ニャ太郎はまた、ベランダにベッドを用意してもらって、お家の中に居れてもらえなかった。
「にゃぁあああんっ」
一晩中、ベランダでおとなしく寝ていたニャ太郎だったけれど、
空が明るくなってきたころ、「ここ、あけてくだちゃぃ」と泣き喚いた。
それでも「ボクになにかあったら」と怖がり、おかーちゃんは耳を塞いでしまった。
元気なニャ太郎
点滴を終えて帰ってきて、いつもの夕方のお散歩。
嬉しそうに駆け寄ってきたニャ太郎を見て、「来ちゃダメっ」と、おかーちゃんは慌てていた。
それでも、「ボクに近寄っちゃダメ」といいつつも、一緒に遊ばせてくれるんだけど。
スリスリの接触程度なら、腹膜炎の感染はないと勉強したものの、いまひとつ勉強不足で不安だった。
唾液とかからでも感染するらしく、スリスリすることで、丁寧に毛づくろいしているニャ太郎の毛がボクに触れるのが、やっぱりちょと怖かったらしい。
ニャ太郎は、そんなおかーちゃんの不安に気づいていたようで、いつもみたいにボクにスリよったり、追いかけようとはしなかった。
そのうち一人でスズメさんを追いかけ、木に登る。
ストンっと飛び降り、スズメさんを追いかけ、お庭を勢いよく駆け抜ける。
そしてまた、スズメさんを追いかけ木に登る。
ボクは、小さい頃から木登りが苦手だった。
愉しそうに木に登っていくニャ太郎を、羨ましく見ていた。
木からおりてきて、庭の片隅でまた毛づくろいするニャ太郎から5歩ほど下がったところまで近づいた。
おかーちゃんは、ニャ太郎をボク近づけまいとしていたけれど、ボクはちんまりと傍に寄り添うように座った。
その夜。
またニャ太郎をお部屋に入れないでおこうかと、おかーちゃんは悩んでいたみたいだけど、
網戸の前でずんぐりとうずくまり、ニャ太郎がお部屋に入ってくるのを待っているボクの背中を見て、
おかーちゃんはニャ太郎をお部屋の中に居れてくれた。
ニャ太郎が来たのは、夜中の3時も過ぎた頃だっただろぅか。
時々、嬉しそうになくニャ太郎だったけれど、それでもすぐに静かに眠ってしまった。
その日はやってきた
おかーちゃんは心臓をバクバクさせながら
「FCoV抗体価という数値が400倍未満であれば、その可能性は低いと断言でき、
400~1600倍だと抗体価が認められ、臨床症状やタンパク分画と併せて診断。
2~3週間後の再検査で3200倍以上だと発症・・・」
と、検査結果をちんぷんかんぷんで聞いていた。
ボクの数値はジャスト400だったらしい。
獣医さん曰く、「まぁ、大丈夫でしょぅ」とのことだった。
ギリギリセーフな値だったけれど「発症する可能性がある」というだけで、今、発症したわけではないと言われ、おかーちゃんはホッとしていた。
その日、ボクはあまりお外で遊ぶ気分じゃなかったけれど、いつものように首輪に紐をくくられ、
「しょぅがないな。いってやるか」
おかーちゃんに付き合って、お外に出た。
「お水、飲みたいかも」
バケツに入ったお水を飲もうとしたので、おかーちゃんは慌てて新しいお水をバケツ一杯に汲んでくれた。
しばらくお水を飲んでいると、ニャ太郎がボクを見つけて駆け寄ってきた。
前の日に、おかーちゃんに「今は近づかないで~っ」と言われていたニャ太郎はそれを憶えていたらしく、
上目づかいで おかーちゃんおの顔色をうかがいながら、一定の距離を保ってボクには近づこうとせず
それでも傍から離れようとしないニャ太郎に、おかーちゃんが「にゃた、ごめんねぇ」と謝っていた。
水を飲み終え、数歩。
点滴をした足がまだちょっぴり痛かった。
そしてそれは突然、やってきた。
うけっ、うけ・・・・っ
おかーちゃんが慌てて、ボクの背中をさすってくれた。
今、飲んだ水がわずかばかり口からこぼれ出た。
その次の瞬間
げぽっ☆
うぽっ☆
べちゃっ!
びちゃっ!
「・・・・・・・・・・・・・・え?」
おかーちゃんがびっくりしていた。
「はぅううう?!!」
ボクも驚いた。
おかーちゃんは、急いでばーちゃんのところへ駆けて行った。
「ばぁああああああ!(ばーちゃん!と叫びたかったらしい)
宇宙-sora-が思いっきり吐いたぁああああ!!」
おかーちゃんの慌てぶりに、ばぁーちゃんも驚いていた。
「えぇっ?!どんなのっ?!」
「なんか、ねっちょりとした白っぽいイモムシみたいなやつ~ぅっ。この白いのって、バリウムの残りかなぁああ??」
慌てて飛んでくる ばーちゃん。
2人でボクが吐き戻したその物体を「な、なに・・・これ??」
この世のものとは思えないような状態で見つめる。
人差し指ほどの長さ、太さのものが一つ。
親指の第一関節程の長さ、太さのものが一つ。
水分でじっとりと濡れたそいつは、今にもモソモソと動き出しそうで、
しばし、怖くて手が出ないでいた。
よくよく見ると、「白」というより「灰色」っぽいそいつは、どうやらボクの巨大な
毛玉
だったらしい。
さらに良く見ると、いつも食べる草が絡まり、
さらに、おかーちゃんの髪も1本、絡まっていた。
水分を含み、ずいぶん小さく締め固まっていたけれど、それは昨日今日の「毛づくろい」で溜まった量ではなく、おそらく「数年分くらい」はあるんじゃなかろうかというような大きさだった。
「こんなのが入ってたら、そりゃぁああ、食欲もなくなるぉね」
おかーちゃんが言った。
ボクの体調が悪くなって、すでに14日が経っていた。
獣医さんも、ボクの吐きだした毛玉に驚いていた。
なにはともあれ?よぅやく原因解明。
この半端ないデカさの毛玉は、このまま出てこなかったら「開腹手術」ものだったらしい。
その夜。
スッキリしたボクの食欲は半端なかった。
それにしても、こいつ。
一体今までどこに隠れてたんだろぅ??
レントゲンを撮っても、エコーをかけても、獣医さんが見つけられなかったなんて。
これは今でも謎なまま。
あれから10年
生まれつきクレアチニンの数値が悪く、もともと長くはないだろうと思われていた。
原因不明のボクの体調不良に、おかーちゃんはお別れも覚悟していた。
それでもあの日から、ボクはとくに動物病院のお世話になるような大きな病気になることはなく、
心配していたウィルス性の検査も、いつも「陰性」。
しばらく落ち着いていた「クレアチニン」の数値も、14歳になって正常値を振り切る勢いまで上がってしまったけれど、それでも今はお薬でなんとか落ち着いている感じ。
ちょっと前までボサついていた毛並みも、ここ数か月はフワフワとしている。
腎臓が悪いと毛並みも悪くなるらしいので、おかーちゃんはフワフワした毛並みのボクに触れるたび、ホッとしている。
そんなボクは、間もなく16回目の誕生日を迎える。