宇宙-sora-物語③|ボクの生きてきた遠い日の記憶「ボクとおかーちゃんの出会い」

ボクの生きてきた日々

ボクとおかーちゃんの出会い

その日、おかーちゃんが現れた

この狭い部屋にひとりぼっちで閉じ込められて、どれだけの時間が経っただろう。
「ボクはもう、ここからは出られないんだ」
そう思い諦めた時、そいつはボクの前に現れた。

そいつはこの先、ボクの「おかーちゃん」となる人間だった。

目を覚ましたボクがぼんやりと目を開けると、おかーちゃんはボクの前にしばらく立ち、どこか間抜けた表情でボクをじーっと見ていた。
『にゃんだ、こいつ』
どうせこいつも、すぐに立ち去るんだろうな。
ボクはそう思い、ちょっとイラっとした。
思った通り、おかーちゃんはボクの前から離れていった。
『ほら、やっぱり』
そう思っていたら、おかーちゃんはもう一人の人間を連れて戻ってきた。
この先、ボクの「ばーちゃん」となる人間だった。

遊び相手もいないし、ご飯の時間もまだだったから、ボクはもうちょっと寝ようと思っていた。

「ねぇ、お母さんっ、この子、女の子だって!」
「アメショ・・・」
おかーちゃんのテンションに比べて、ばーちゃんのテンションは少し低かった。
「ねぇ、ものすごく可愛いんだけどっ」
「そうかねぇ。なんだか模様が嫌だわぁ」
「なんで?お母さんが欲しがっていた【ヨモギ】っぽくない?」
「ヨモギとは全然、違うわよ」
「そう?」
ボクはイラつきながら薄目を開けてふたりを見た。
『さっきから、ごちゃごちゃゴチャゴチャとうるさいなぁ。寝てられないじゃないか』
おかーちゃんはちょっとガッカリした表情で、ボクを見ていた。
その時、薄目を開けたボクと目が合ったばーちゃんが、ふっ。とほほ笑んだ。
「お金があれば、連れて帰ればいいんじゃなの?お金あるの?」
「積み立てをおろせばある。カード一括」
「まぁ、好きにしなさい」
そう言うと、ボクのばーちゃんになる人は、どこかへ行ってしまった。
ばーちゃんの許可が出て、おかーちゃんの表情は輝いていた。
ばーちゃんの許可が出ないと、どうやらボクを連れて帰ることはできなかったらしい。

でもあの頃のボクは人間の「言葉」が半分も理解できず、この時のふたりが何を言っているのかボクにはちんぷんかんぷんだった。

ばーちゃんがどこかへ行ったあと、おかーちゃんは
「すみませーんっ!」
いつもボクにご飯をくれる人間を見つけて呼んでいた。
「この仔、連れて帰ります!」
「今日もう、連れて帰りますか?」
「はいっ。今すぐにでも!」
「そうしましたら、これから書類とかいろいろ準備しなければなりませんので、20分から30分ほどお時間いただけますか?」
「じゃぁその間に、ほかの買い物をしてきます」
そう言い残すと、おかーちゃんはまたボクの前から離れていった。

突然現れたと思ったら、どこかへ行ったり。どこかへ行ったと思ったら戻ってきたり。戻ってきたと思ったら、またどこかへ行ったり。

今までの人間とは違う動きに、『まったくもって、なんなんだ、こいつ』
ボクは人間の言葉がまだ理解できてなかったので、この時はそう思っていた。
でもこのあと、ボクの周りは急にあわただしくなった。

猫を飼うのは初めてですか?

小さな箱の中に入れられてしまったボクは、最初は怖かったけれど、お家に帰れると思ったらワクワクしていた。
やっと大好きな「おかぁちゃん」に会えると思って嬉しかった。
だからちょっぴり暗くて狭い箱の中も、ちっとも怖くなかった。

箱の中に入って待っていると、荷物の入ったカートを押して、おかーちゃんとばーちゃんが戻ってきた。
それでも、すぐに引き渡されることはなかった。
もぅ、早くお家に帰りたいのに!箱の中から外の様子を見ていたボクは思っていた。

「猫を飼うの初めてですか?」
ボクにご飯をくれていた人間は、おかーちゃんにそう聞いた。
「いえ、これまでに10匹以上かな・・・全部、ノラでしたけど」
数か月前に可愛がっていた猫を亡くし、もう辛い思いをするのはこりごり。
だから猫と暮すのは、もうやめようと思っていた。
でも今日ボクを見た瞬間、やっぱりまた猫と暮したいと思った。と、おかーちゃんは言う。
家の中に猫のいない生活は寂しすぎる、と。

「猫は命あるイキモノです。このあと何年も生きると思いますが、必ず最期まで責任をもって育ててください」
重大な疾病がある以外の返品はお受けできません。
思っていたのと違っていた、飼うのが大変だからと言って、途中で捨てたりすることのないように。
ボクにご飯をくれていた人間は、おかーちゃんの話を聞いていたのかいないのか?
きっと「これは必ず説明するように」というのが、販売マニュアルに書いてあるのだろう。
「そんなん、わかってますけど」
おかーちゃんはちょっとイラっとして答えていた。

そのあと、「では、猫を飼うにあたって必要なものをご説明しますね」と、いろんな商品が並んでいる場所へと誘導し、これまたマニュアル通りの接客を続けようとしていた。
でもおかーちゃんは、「いえ、必要なものは家に全部ありますので・・・」と断っていた。
ただ、これまでボクが食べていたものと同じ「ご飯」と、おトイレの砂と、衛生的なことも考え、ボクの新しいお茶碗だけは買っていた。

ようやく、ボクはおかーちゃんに引き渡された。

お家に帰ろ

おかーちゃんはカートを押していたので、ボクが入った箱は、ばーちゃんが優しく抱えていた。
リズムよく揺れる箱の中が、ちょっとだけ心地よかった。
揺れながら、丸い穴から覗く景色に、ボクはドキドキしていた。
それまでボクがいた場所から離れれば離れるほど、人間の数が多くなった。
初めて嗅ぐいろんなニオイが、箱に開けられた穴から流れ込んできた。
ボクが人間の言葉を理解し、おかーちゃんたちが時々する思い出話から、ボクがいたところはホームセンターというところのペットショップだと解った。

外へ出ると、ちょっぴり冷たい風が吹き込み、この日初めてボクは「空」を見た。